常盤姫伝説
名残常盤記
常在寺伝
世はまさに戦国時代。各地の大名が兵を起こし、 この世田谷の地は、八代およそ二百余年の間は、 群雄割拠の様相を呈していた頃のこと。 世田谷御所の吉良家が栄えていました。 中でも、七代「頼康卿」の時代には、最も盛んな 有様で支配する領地は、世田谷・目黒の全域をは じめ大田・品川にまたがり、南は川崎に至り横浜 には蒔田城を構えていました。
頼康卿は、智・仁・勇の三徳を備えた名将で、良 き家来に恵まれて、春には花を愛し、夏は玉川に 漁し、秋は多摩のもみじに鹿を追い、冬は鷹狩り と、優雅な日々を送っていました。 白雪のまばゆい冬のある日、鷹狩の獲物を求めて いた時のことです。青空をかすめる一羽の白鷺を みつけ、拳の鷹を放ちました。 鷹は見事に白鷺を捕らえ、ふと、その脚を見ると、 和歌の書かれた短冊が結び付けられていたのです。 驚いて見入ったその短冊には
「狩人の今日はゆるさん白鷺の しらじらし夜のあけぼの」
と、一首が書かれてあったのです。 城に帰った頼康卿は、いつしか未だに見ぬ書き手 の女性に、思いを寄せるようになり、家臣天王丸 の筆の主を探させました。 筆の主は奥沢城主太平出羽守様の愛娘、常盤姫。 ここに、『名残常盤記常在寺伝』の始まりとなり ます。
天文二年二月五日。常盤姫を乗せた牛車は華やか な行列を整え、沿道の人々を見守る中、奥沢城か ら世田谷御所へと入りました。
名残常盤記常在寺伝友禅画の解説
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- ① 鷹狩り
- 雪の舞う冬の日。頼康卿は一羽の鷹を放ちます。鷹が捕らえた白鷺の足には短冊が結び付けられていました。頼康卿は短冊の主に思いを寄せます。
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- ② 常盤姫、世田谷御所に入る
- 祝福する民に見守られ、奥沢城から世田谷御所への奥入れです。牛車を下りる常盤姫のすぐ側には、行く末を安じる両親の姿が… 幔幕は吉良家の家紋、五三の桐です。
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- ③ 籠愛と嫉妬
- 頼康卿の寵愛を一身に受ける常盤姫。左下には九人の女房たちが嫉妬から悪計を企てます。それぞれの几帳に情が映ります。一時の幸せと怨念の炎が…
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- ④ 炎に包まれる内海屋敷
- 九人の女房たちに濡れ衣を着せられ討ち手と刀を交える内海掃部。右済みに泣き崩れる母と立ち尽くす父内海伊予…
掃部、無実の罪にはかなく散ります。
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- ⑤ 逃れて…常在寺へ
- 淀殿の計らいで世田谷御所から逃れた常盤姫。自ら開基した常在寺を目指し、井戸に鬼子母神像を投げ入れます。そしてまた闇夜へと逃れます。
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- ⑥ 野辺に散る
- 「もはやこれまで…」迫る追ってに覚悟を決めた常盤姫は自ら命を絶ちます。想いを託した白鷺は月へと飛び立ち、左下の蓮誉尼が見とどけます。

名残の詠歌
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- 一、御所様へ
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君をおきてあだし心はなけれども うきなとる川 沈みはてけり
あなた様への真実の心に変わりありませんが
実の浮き名をたてられ無念な無念な思いでも早立ち上がることができません
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- 二、淀殿へ
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なれなれて見しは名残の御所桜
かくるるにてもかへり見しかな慣れ親しんだ御所内の桜の古木
遠く離れて見えなくなっても幾度も振り返り見ることよ
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- 三、女房たちへ
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あしかれと人はをばいわじ難波なり 我が身に咎のかかる白波
無実の罪によって 命を落とすことになったが
自分は女房達を悪く思っていない
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- 四、淀殿へ
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この世こそ契り空しく去りぬとも 世々の末には生まれ逢うべし
この世では 前世からの因縁で空しくお別れですが
あの世では 再びお会いするでしょう
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- 五、古里の母へ
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古里にかかる浮目に逢う事を
しらでぞ人の月を見るらん古里の母にこのような憂き世のできごとを知らせばならぬ
だが 知らない母は同じ月を見ているのであろう
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- 六、和子様の御事
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人という名をかる程やあさ露の
消えてぞかえるもとの雫に人吐言うのは名ばかりで この世に生まれんとして
朝露の如くはかなく消えていってしまう我が子よ はかなく無常である
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- 七、我が身の上を
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露じもと消えての後はそれぞとも 松風ならで誰かとわまし
露霜のように淡くはかなく消えていく我が身である
消え去ったあとは 松風より他に誰が訪れてくれようか